【犬山城 城下町】グルメな店舗が集まる昭和横丁が3階建ての理由

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犬山城城下町の本町交差点から徒歩1分ほどにある「昭和横丁」。

ここの建物にはグルメなお店が軒を連ね、グルメ好きな女子や家族連れ、インスタ女子の集まるスポットとして有名です。

この昭和横丁に入り、屋台村を奥に進むと、3階建ての吹き抜けたオープンスペースがあるのをご存知でしたか?このスペースには昭和横丁がこの場所に出来上がる隠された理由があるのです。

今回は城下町の中でも憩いの場所になっている昭和横丁へ取材に行ってまいりました。

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昭和横丁が3階建てである理由

昭和横丁の外観は2階建てのように一見見えますね。実は3階建て、しかも奥行きは70mくらいでしょうか?城下町界隈にあってこれだけの敷地面積(縦に長いですけどね)を誇る近代建築物はここ昭和横丁かぐーまるくらいです。

さて、この昭和横丁が3階建てでしかも奥行きが広いのには理由があります。

 

この緞帳(どんちょう)、1階から3階までのスペースを堂々と使っています。そう、この緞帳こそが昭和横丁ができた理由で、そのストーリーは町内の方もなかなか知られていないのではないでしょうか?

この大きな緞帳はどこから?

 

昭和横丁内の緞帳は実はある個人の所有物でした。人物が特定されるのは今回は避けますが、この緞帳は元々愛知県厚生年金会館の多目的ホールの緞帳だったのをご存知でしょうか?

その緞帳に書かれているのは「木曽川ライン下り」の絵。日本の画家で日本芸術院会員の岩澤重夫作で、木曽川の川下り遊覧船「日本ライン下り」の様子と鵜飼、犬山城を描いた原作をもとに作られた近代美術の傑作なのです。

この大きな緞帳は厚生年金会館が解体されるタイミングで名古屋市内に住む男性が引き取ります。しかしあまりの大きさと補修、保管に掛かる費用負担が大きく、犬山市の実業家 日比野良太郎氏に相談を持ちかけます。

歴史的にも文化的にも犬山とゆかりの深いこの緞帳、一旦は犬山市内に建設された美術館に保管され補修。しかし美術館が程なくして撤退し、代わりに前出の日比野氏の出資により建設された「昭和横丁」で展示されることとなります。

と、簡単にストーリーを書きますが、昭和横丁に置かれるまでは実は捨てるかどうするかといった議論もあったようです。また、よくよく見ると金糸で縫われている相当な美術品。原画のある作品とはいえ補修するにも相当な金額が必要だったと容易に想像できます。それを個人で引き取った男性もすごいのですが、その心意気を組んで、この緞帳を展示するために建物を一つ建ててしまう日比野氏の犬山愛も相当です。

今では昭和横丁は犬山を訪れる観光客の憩いの場として機能しています。店内の提灯が少々邪魔に思えますが、歴史的な建築物の遺産を末永く、さり気なく保管している意味が実は昭和横丁にあったんですね。

昭和横丁に入るお店はどこも美味しそうだ!

昭和横丁といえば、店内に入るとすぐに「昭和の伏見駅か栄駅のような雰囲気」に浸れます。雑踏のような作りになっていて、お団子から鉄板海鮮、焼きそばなど様々なグルメが楽しめるスポット。

入り口近くのお団子屋さんはいろんなメディアで「インスタ映する団子」として取り上げられています。また、昭和の雑踏感を意識したのか、途中には占いの館やコカ・コーラの瓶の自販機など、どこか昭和を連想させる店内になっています。ちょっとしたタイムトリップですね。

インスタ女子ならぜひ昭和横丁へ

犬山に訪れた女子のほぼ80%は昭和横丁に寄るのです。

昭和横丁をグルメや話題の団子視点から外して、そこにある理由から取材、様々な人のお話を聞いて今回は紹介してみました。昭和横丁は城下町から人が引き上げてしまう16時以降も営業されているお店もあり、また店舗奥の飲食スペースでは不定期にイベントも開催されています。

インスタ映がお団子とかお城とか有名な犬山。その中の1ページに「昭和横丁の緞帳」を加えてみてはいかがでしょう?決して可愛くはないのですが、その大きさに圧倒されること間違いありませんよ!

昭和横丁詳細

  • 施設名:昭和横丁
  • 営業時間:11:00~17:00(一部店舗は23:00)
  • 定休日:毎週水曜日17時以降
  • 住所:犬山市犬山西古券60

追記とお願い

緞帳が犬山の今の場所に落ち着いた経緯と理由は概ね取材により把握できています。なによりこの話の張本人が近くに居るため、様々なお話を聞くことができるのです。

ただ、この話は様々な方が様々な形で伝えて、今現在埋もれてしまっている状況にあります。当サイト責任者である岩田がこの話のアフターストーリーを取材に回っています。

そこで、この記事を読んでくださるあなたに一つ お願いがあります。犬山にあるこの貴重な文化財は後世に伝えるべき出来事であるとそんなことを思い取材を続けています。が、関係者から当時の話を聞くだけではきっと1ページには足りないのではないか?と考えています。当時の様子を捉えた貴重な動画がありました。その中には100人を超える方が関わっていたと容易に想像がつきます。「犬山緞帳物語」このストーリーを一つにつなぎ、犬山市の1ページに刻みたいし、当サイトの責任でもあるように思えます。

お願いとは「当時のこの会に参加した」または「ガッツリと関わった」「こんな人を知ってます!」といった情報をいただけたら、緞帳物語に厚みが増します。

お問合せの項目からメッセージを頂くか、creators.republic@gmail.comまでご連絡いただけないでしょうか?編集長の岩田が責任を持って取材に伺います!よろしくお願いいたします!

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