賊がいた!

江戸の時分、木曽川には川で営みを育んだ職人が大勢いました。時代の流れと変化で川の営みを守る人たちは徐々に減り、今では数えるほどしか居なくなってしまいました。木曽川を使った営みにはどの様な物語りがあったのか?戦前から木曽川の営みを守ってきた人の話や文献などの資料を基に一つのストーリーとしてまとめました。

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きく

【連載コラム】賊がいた!~尾張を開いた木曽川文化・2

「木曽川に賊がいた」という話を聞いたことはないだろうか?賊という言葉自体、あまり聞こえのいいフレーズではないが、犬山には確かに賊がいた。それも昭和の初めくらいまで、確かにいたのだ。 このコラムは結構綿密な取材の上で書いてる。コラムとは事実関係を踏まえた随筆だと筆者なりに思うのだが、調べれば調べるほどわからなくなr…。 今回は木曽川まつりに犬山さんぽ編集長の筆者が関わる理由。これを書いておかないと進まないのである。
きく

【連載コラム】賊がいた!~尾張をひらいた木曽川文化

木曽川は今よりはるか以前、鵜飼の船頭衆いわゆる川並衆が川を仕切り、上流から下流までの水運業を営み、財を成していたと古い文献に記されている。この連載は江戸から昭和、そして現在に至るまでの川並衆の生活が、木曽川の文化にどう影響を与えたのかを綴りたい。綿密な取材の上で文章として残すことが目的。タイトルは悪い意味ではないと付け加えておく。
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